実際に多世帯住宅を計画したものの過程です。
参考にしていただければと思います。
敷地の有効活用と大幅なコストダウンにつながったケース・スタディ
『同一敷地に兄弟3世帯の複合住居を建てる』
■Y兄弟との出会い
私が設計したI邸の完成パーティーの時、I夫人の実家のY兄弟も集まったのですが、I邸の出来栄えが大変気に入られたので、自分たちの家の相談にものって欲しいとのお話がありました。
Y家は、80歳を超されてなおかくしゃくとした現役の石でいられる母堂と、5人の兄弟がおり、四男は既に他に住居を構えているので、4兄弟が実家の土地に建てることを計画していました。敷地は230坪あり、全員医者である兄弟の職場もそう遠くなく、今までも家族ぐるみ母親のもとに集まることの多い仲良し一族でしたから、一緒に住むことに問題はありませんでした。ただ、どのような住まい方をしたら各人それぞれが満足し、お互い心地良く募らせるのかということの具体的なイメージが、まだ出来上がっていないとのことでした。
■敷地を分割するか、共有するか
ひとつの可能性として、230坪の敷地を四つに分けて4軒の独立した家屋を建てるという方法があります。しかし、敷地は方位が約45度振れたほとんど正方形で、北東と北西の2方向が道路、南東と南西の2面には高さ5mの崖があるという形状の土地です。4分割して家を建てるためには道路を設けなければならず、有効敷地はその分少なくなってしまいます。敷地を測量し、分筆登記するための費用もかかります。また、分割した敷地の環境に差がでてきますから、広さや形状を決めることが大変難しくなります。その他、分割することのメリットが考えられないのならば、土地は共有とし、4住宅がそれぞれ独立しながら集合する複合住宅の形を取ることがベターではないか。そのようなこちらの提案に、Y家一同が同意されて、基本設計がスタートしました。
■全員の合意を基本とする
Y家から出された条件は4家族の配分が平等で納得できるようにすること、単に広さや大きさということだけではなく、全体の価値として、つまり、日当りと通風、道路との位置関係、5mの擁壁の圧迫感などの敷地環境や、母堂との同居等を含めて、すべて平等な取り扱いを受けることを基本とする。ということでした。
その考え方は家づくりに対する人間関係にも及んでいて、母堂+兄弟4人+その妻4人の計9人は、すべて平等な発言権を持ち、さまざまな問題に全員が参加して、一つ一つ同意しながら進めていく方法がとられました。
このやり方ほ、9人それぞれが持っている「住まい」に対するイメージを具体的な形にまでしてゆき、さらにそのさまざまな個々の要望を調達して各人を説得してゆくことが必要で、非常に多くの作業と時間がかかります。
Y邸では基本計画をスタートさせてから、最終的な骨格が決まったのは丸一年後でした。その間、紆余曲折がありながらも全員一致で計画を進めることができたのは、母堂を中心とした9人の知的でユーモアを解する心と、相手を思いやる節度ある態度であったと思います。
私どもも、一人の施主を相手に自由に発想をふくらますというやり方に加えて、複数の人々の要求をまとめてコーディネートし、さらにオルガナイザーとしての役割まで課せられたこの仕事は、苦労があった以上に勉強になりました。母堂のもとに集まって、最後は宴会になってしまう打合せも毎回楽しく、ありがたく仕事をさせていただきました。
■第一・二案――たたき台として
第一案は、各戸が独立した個別タイプで、地下の駐車スペースとドライエリアを共有するものです。東南から西南にかけての1階は各戸とも日照が期待できないので、1階をプライベートルーム、2階にLDKの、逆転プランで通風・採光を得ます。外壁が4面確保できるので、通風・換気・採光が充分に取れ、各住宅間のプライバシーも保ちやすくなっています。
第二案は、メゾネットタイプの集合住宅で、北側道路に4戸を直列に並べました。崖上の隣家からの視線を遮り、各戸とも南面していることと大きな庭が取れることがポイントです。この案も地下に駐車場・ドライエリア・予備室を設け、実質的に3階建ての設計になっています。
両案を同時に出したことで、それぞれの思惑がぶつかりあい、かえって混乱をきたしたようでした。同型・同質に主眼を置いたために画一化したきらいがあり、それも個性豊かな各人には納得がいかなかったようです。
しかし、こうして自分たちの住まいが頭の中だけではなく目に見える形で提示されたことで、どのように住み分けるかの具体的な意見が出されるようになり、次第に各人の要求も煮つまっていきました。
第三案――L字型の配置
母堂の設計者に対する温かい信頼の言葉に励まされて、各家庭の条件の違いを組み入れて次の案ができました。
第三案は、ワンフロアー型2戸+メゾネット型2戸の2棟からなる複合住宅で、独立と融合を基調とし、①集合化することで空地率を上げ、東南側に共通した内包空間(大きな庭)を有する。②建物をL字型に配置して各戸とも南面採光を同じ程度に確保する。③L字型の交点をエントランスホールとし、その下に駐車場の入口を設ける。④L字型の配置は各住宅への直線的な視線を避けてプライバシーを確保し、同時に囲んだ庭を共有することで各住宅の融合を図る、というが設計のコンセプトです。
また、
(A)長男宅-母親と同居するため1階部分のワンフロアーとし、リビング・ダイニング・和室を続き間にして多人数の団らんもできる空間とする。
(B)次男宅-エントランスホールからの外部階段により玄関意つながる2階のワンフロアー。庭との接続はないが広いベランダを使用でき日当たりも良い。
(C)五男宅-母寝室を囲むように1階はL字型プランのネゾネットタイプ。1・2階のプランを逆転して2階にリビング・ダイニングを配置することもできる。
(D)三男宅-メゾネットタイプで、玄関までの距離が遠い分だけ独立性も高く、上下階の面積バランスが取りやすい。
また、(B)・(C)・(D)とも小屋裏利用も可能である・・・・・・というように、戸別の条件を考慮しながら間取りを含んだ配置を決めてゆきました。
この時点で、すでに半年以上経過していましたが、それでもまだ上下階の音の問題、一戸の床面積にもう少しゆとりが欲しい、木造にするか鉄筋にするかなど、すっきりと解決するにはほど遠い感じありました。
■第四案――突然の進展
エネルギッシュな兄弟・妻たちの情熱も中だるみになっていた頃、三男が、これも近くにあるニュータウン内の医院併用住宅地の抽選に当選し、独立開業することになりました。今まで4戸建てで考えていたことが3戸になり、各戸の規模も大きくなってゆとりができると、プラン方向もスムーズに決まってゆきはじめました。
第四案は法規上は集合住宅ですが、一戸ずつ離れた戸建ての長所を持つ3戸の家です。まず母堂の部屋を、庭に直接出られる1階で、日照・通風ともに一番確保できる場所にします。母堂の分が増床される長男宅は、地下車庫の取れる位置がよく、敷地から道路面まで1.6mある北ずの角(B)が最適です。
C棟は、母堂室への通風・日照を考えると、B棟と距離を離す必要があり面積が小さくなりますから、夫婦2人家族の5男宅として適当な広さです。こうして面積バランスの上からも、A棟は次男宅となり、自ずと場所が決定しました。
間取りも、家族が集まるパブリックスペースに十分な日照が欲しいということになると、2階にLDKを、1階に個室を置く逆転プランになります。1階の日当たりを考えて、2階は各戸ともセットバックさせ、そのためにできたルーフバルコニーをデッキで結びます。こうして各戸がつかず離れず適当な距離を保って結ばれ、また法的にも避難廊下・階段として意味を持ちます。母堂が2階のリビング・ダイニング、B棟にはホームエレベーターを設置しました。
こうして、各戸の場所・大きさ・間取りの骨格が一年かけて出来上がりました。
■実施案も和気あいあいと決定
基本的な骨格が決まると、個別の打合わせが事務所で行われるようになりました。
この際も、こちらから提案できる情報は3家族に等しく示し、3家族ともおたがいにオープンに相談しあって、自らの家庭の必要に応じて決定していたようです。
例えば、B棟は喘息気味の子供のためにセントラルクリーナーを導入しましたが、A・C棟では必要がないとの判断で設置しませんでした。
お互いが率直に話し合うことで、変な見栄を張り合うこともなく、不必要な探り合いもなくて、和気あいあいと進めることができました。完成までそれぞれ秘密にしていて、出来てから初めて見せて貰ったら、よその家の方が良く見えて困った、などという話を聞いたりすると、Y家の人々がいかに賢明に対処していたかがわかります。
庭は共同管理とし、シンボルツリーとして母堂の希望された紅白の梅が中央にうえられています。また、崖に囲まれた敷地の特性を逆に生かして、崩壊防止のためのコンクリートの柱・梁と竹林を配したことが、深みのある落ち着いた景観の庭になりました。
2階の共有のデッキも、お互いが行き来のできる通路であり、アウトリビングとして戸外
の生活が楽しめる場になっています。今は、室内で飼っている犬(といっても大型犬のセントバーナード)が、このデッキをわがもの顔に走りまわっているということです。
外観は、3戸が統一したデザインと仕上げで造られており、調和のとれた家並の美を周囲
に与えています。外構・植栽も連続感があり、視覚的に安定した一廓になっています。
3軒の同時計画によるメリット
計画編で述べたように、敷地の効果的な利用や、分筆によるトラブルのないことも大きな
メリットですが、コスト的にも、3戸分の工事をまとめて行うので、1件ずつ造るよりも
大幅にダウンしています。現場事務所やトイレなども一箇所出で済みますから仮設工事費
も少なくなり、外壁のタイル、照明器具、システムキッチン等も3戸分まとめて購入する
ことで、外構・造園工事も各戸がそれぞれ行うことと比べれば、当然割安になってきます。
以前から、兄弟家族が集まってワイワイと楽しむことの多かったY家の親密度は、ここにきてさらに増してきているようです。
Xマスパーティーの時は全員がA棟に集まって食事した後、子供たちはB棟にファミコン
をしに行き、大人たちはC棟に移ってデザートをいただいたそうです。お正月にはC棟
の和室続き間で、20人以上の親族が顔を合わせて新年の挨拶をし合ったとのことで、お互いが自然体で助け合い支え合っている様子を嬉しそうに話してくれました。
Y家は亡くなった父上も開業医で、人の出入りが多く、その上に五男三女に恵まれて、大勢
で暮らすことに慣れているという家でした。それが時代の流れの中で一度は核家族として
暮らしたけれど、今こうして集まってみると、大家族の暮らしもなかなかいいもんだと緒も思っているようです。
ただし、大家族といっても、昔のように家長が威張っていて、プライバシーもないような
生活では困ります。着かず離れず配置された3戸の家は、戸建てにして壁を離したことでお互いの出す音は完全に遮断されて、戸を閉めておけば静かなものですよ、と奥様方が
話してくれました。お互いが接する外壁面につけられた開口部は少しずつずらし、視線が
直接ぶつからないようにしてあります。
お互いの家族のライフスタイルを大切にし、プライバシーを守りながら、大勢で集まって
助け合いながら暮らす。そういう近代的な大家族と呼べるような住まい方が、これからは
望まれるのではないでしょうか。Y家を見ていると心からそう思われ、見る人にそう思わせることで、Y家兄弟の選択は成功したといえます。